次論公論

 
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ダービーは僕にとっては最悪の結果、強い馬が強い勝ち方をする訳でもなく。失礼な言い方だがそこそこ強い馬が他馬を蹴散らした。つまり今年もドングリの背比べである事が素人目にもわかってしまった。いつになったら圧倒的な勝ち方を見せてくれるのだろう?
 
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史上最高のメンバーと言われている今回のダービー、

僕の予想は

ペルーサ 1着

ヴィクトワールピサ 2着。

これで無敗のG1馬誕生と明日のスポーツ新聞の見出しが飾れる。

もし逆転し、ヴィクトワールピサが勝っても二冠馬の誕生となるのだからどちらにしてもディープ引退後にスターホース不在で寂しい思いをしていた僕も俄然もりあがる。頼む1番、2番人気で決まって!

ちなみに僕は馬券は買いません、何故なら当たらないからです。
 
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今日のタイトルの読みは「キョウジ」僕は「キンジ」読んでしまったが、キンジでは変換されずにキョウジではすぐに変換できた。ただし、慣用読みではキンジでも可とある。どっちがただしいのだろう?と迷うが、本来はキョウジで時代ともにキンジと使う方々が増えてキンジでも通るようになったというのが現実かと思う。

そんな言葉の語彙を説明するブログではないのだが、知らない言葉を調べるとすぐに答えが見つかるPCやネットという技術は本当に素晴らしいなと思う。皆さんはこの矜持の意味はご存知だろうか?せっかくだからコピペしご紹介もしておく。

 
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仮性近視や偽近視、こんな表現で一時的な近視状態に陥り、遠見視力がでない方がいる。こういった一時的な近視状態の方に近視の眼鏡を掛けさせることにより、偽がニセでなくなり、本当の近視かどうかの見分けがつかない程に凝り固まってしまう場合がある。そうなると近視の眼鏡を作り、更に度が進み、そしてまた度を強くしていくという近視の連鎖に綺麗にはまる。

先日いらしたA様(仮称 40代 女性)のケースもそうだった。

 
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初っ端は清水工業所、プレスの機械が沢山有る工場でした。
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プレスの機械が15トンから250トンまで鎮座しております。
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プレスしてこんなブリッジを成型します。複雑な形は何度もプレスを繰り返すのだそうです。
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これはテンプルの芯金。
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これはプレスで抜いた残り、三割が商品、七割が廃材だそうです。
 
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福井に出張し、激務をこなしたプリズム滋郎は疲労困憊な体に鞭を打ち、明けの金曜日にジムに行って来た。およそ1時間半考えられる限りに体を苛め抜いたプリズム滋郎だった。そして疲れ果てた滋郎は風呂に入り、一応とサウナにも入り、そして(色々な意味で)くたびれた体をいつもの体重計に乗せた。すると旅行前に最後に測定した体重は

83.7㌔だったのだが、

なななんと!!

86.0㌔

を体重計のモニターは表示しているではないか?一瞬クラっときたが踏みとどまり、帰宅までの自転車も飛ばして更に筋肉を痛めつけた。一汗かき、先ほどの数値は勘違いだったのでは?と無理やり前向きに解釈し、今度は自宅のTANITAの体重計に乗ってみた。すると今度は…

86.8㌔に増えていた…。

なんで増えとんねん!

これでは宿敵影郎さんに僕の愛すべき妻が強奪されてしまう。


なんでやね~ん

なんでやね~ん

なんでやね~ん。

伊藤家に僕の魂の叫びがこだましたのは言うまでもない。

福井の名産には魔物がすんどるばい。

おそろしか~
 
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僕はお師匠の更にお師匠さんである故南沢先生の遺言のように仰せつかったお言葉を肝に銘じて守っている。それはこんな言葉だ。

「伊藤君、10歳以下の子供は医者に任せなさい。それ以下は眼鏡屋の限界だ。」

こういったお言葉だった。ではグラシアスでは10歳以下の子供用眼鏡は作っていないのかというと数は少ないが、慎重に慎重に検査し度数決定してお作りしている。子供用眼鏡の何が難しいかと言うとピントを調節させる筋肉がふんだんにある為に近視であれば過矯正、遠視であれば矯正不足になってしまう恐れがあり、検査の正確さに欠けるという現実があることだ。ところが、この調節の介入を防ぐ為に本来は調節を一時的に麻痺させる目薬を点眼するべきなのだが、小児眼科を専門でやっていない眼科に行くと眼科の処方箋でも近視の過矯正になってしまっている場合が多々ある。要は点眼せずに度数決定してしまってる場合があるということだ。もしも吉祥寺でも小児眼科に専門で取り組んでいる眼科があれば紹介するのだが、近場で小児眼科に専門的に取り組んでいる眼科を僕は知らない。だから御茶ノ水の井上眼科まで行った方が良いですよとアドヴァイスはするが、なかなか1本の眼鏡の度数決定の為だけにそこまで足を運べる方は少数派だと言いきっても差し支えないだろう。今回もどちらかというと眼科よりもグラシアスの時間を掛けた検査に感動されたお父様が8歳になるお嬢さんを連れてきてくれた。僕で手に負えないと思えば井上眼科に紹介しようと思うが、一通り検査してみようと思った。

だがまずレフ値で驚かされる。このレフという機械は一回の測定で度数決定せず何度か測定し、その測定値の信頼度を上げようと3回から6回程度測定する。すると左目は問題ないのだが、右目は度数が大きく変化した。滅多にフルには紹介しないのだが、その測定値の変化を全て例として挙げてみたいと思う。

 
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僕の人生では必要不可欠、食べることよりも大切な睡眠時間を削ってのハードスケジュール、でもその甲斐があって収穫も大きい出張でした。糸鋸教室ではやすり掛けが去年よりも上手くなっていたことに驚き、そして工場見学では大小様々な工場の今を見たことでお店に並んでいるフレーム達を大切にせねばと気を引き締めることもできました。お世話になった皆様本当にありがとうございました。

今日は仕事がたまっているので次論公論も短めですが明日からはまた硬いお話もしたいと思います。
 
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今日は手作りメガネでやすりと格闘し、そして眼鏡業界の今、その鮮度満点な秋吉の焼き鳥最高~!美味くてうまくて三十本以上も食べちゃった。うふふ。え?眼鏡の話は?馬鹿ね聞くだけ野暮よ。秋吉のおばちゃんは一年振りにきた僕らを覚えていた。プロだな~。そんな仕事ぶりに接客のプロとしての誇りを感じるのであった。もつ寝る、いやもう寝る。おやすみなさい。
 
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可愛い子には旅をさせろとはよく言うが、僕は自分が可愛いので、今日の晩から旅にでる。あてのない旅さ、と格好つけたいが、残念ながらバリバリの研修目的の旅行であった。目的地は毎年恒例なので既にばればれだが、鯖江!眼鏡の聖地。よ!♪という訳で

5/19(水)

5/20(木)

と連休をいただきます。ご迷惑をお掛けしますがどうかご理解いただけますようお願い申し上げますm(__)m
 
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非常にコルゲート、いやデリケートな事件で細心の注意をはらい、言葉を選んで記述すべき事柄だが、最初からつまずいた。デリケートというべきところが、コルゲートから始まってしまった。(←確信犯!)ちなみにコルゲート、これを皆さんご存知だろうか?

残念ながら2008/5月入管分をもって販売終了となってしまったそうだ。僕が子供の頃、昭和の時代ではコルゲートの歯磨き粉はそんじょそこらのお店に陳列されていた。どんな商品かというと…

(ホームページより引用はじめ)「歯磨き粉」というのが歯磨剤を示す言葉であることから分かるように、歯磨剤はもともと粉末状の物でした。現在の主流である「練り歯磨き」の登場は19世紀といわれますが、1896年にチューブ容器に入った練り歯磨きを世界で初めて発売したのがコルゲート社です。「コルゲート」ブランドが日本で知られるようになったのは終戦後のこと。「PXストア」と呼ばれる米軍キャンプ内のスーパーマーケットで「コルゲート」の練り歯磨きが売られるようになったのがきっかけです。粉末歯磨きはおろか食べ物さえ乏しかった時代、色鮮やかなチューブに入った練り歯磨きは豊かさの象徴として人々の目に焼きつきました。今では練り歯磨きも含めて「歯磨き粉」と呼ぶように、沖縄では「コルゲート」が歯磨剤の代名詞となっているほどです。もちろん、日本でもチューブ入り歯磨きは作られていましたが、当時のチューブは錫やアルミ製であったため、戦時下の金属製品製造制限規則によって製造中止となってしまっていたのです。ご年配のお客様の中には、「生まれてこのかた歯磨きはコルゲートしか使ったことがないが、むし歯は1本もない」という方も少なくありません。事実、「コルゲート」は、世界100カ国以上で多くの人々に愛用されているベストセラー歯みがきとしての地位を確立しています。その秘密は、フッ化物と研磨剤の画期的な組み合わせである「MFPフッ素(モノフルオロリン酸ナトリウム)+カルシウム」のダブル配合成分。コルゲート独自のフッ素+カルシウム構造が歯のエナメル質を強化し、むし歯の原因となる歯垢酸に対して優れた抵抗力を発揮するのです。商品名の「フローリガード」とは「フッ素で守る」という意味の造語ですが、「コルゲートはみがき」の特質を的確に表現している見事なネーミングではないでしょうか(引用終わり)

見事な薀蓄ネタだったのでそのまま転載してしまった。ここまで書いてきて何だが、このコルゲートは本ネタとは一切関係なく、つい、つい、デリケートとかくべきところを…(くどいので止めた。)

では今日のデリケートなネタというのは、二つの大きなニュースについてだ。

僕はネットの世界でマスメディアに対し、口汚くマスゴミと罵る行為に敬意や愛を感じず、議論する土俵すら整備できないであろうことを指摘してきた。職業そのものに貴賎はなく、あるのはその人それぞれの仕事に対する取り組みの姿勢や考え方、それで卑しい仕事にするか?それとも尊敬される仕事にするか分けるべきだろうと論じてきた。そしてどんな業界でもそれに携わる人達が各々、尊敬される業界と呼ばれるように努力するべきだと思う。

では二つのニュースを見ていただきたい。

ある掲示板より

天木直人のブログ。

この二つの告白によって被害を被る人がきっといるだろう。今、検察は小沢氏に三回目の聴取をしている。だが、その検察にも小沢氏の記載ミス以上の比較にならあい大きな闇があると三井氏は述べている。だが、実際には検察の垂れ流した情報をそのまま伝えるメディアに三井氏は反論すら受け入れられずに実刑をくらっている。僕は支持政党はない。ただ国民の為に汗を流してくれる政治家を探しているだけだ。だが、その汗を流そうとしている政治家の寝首をかくという行為に奔走している輩がいるかもしれない。それをこの二つのニュースは示している。

日本は今、僕ら有権者の自民党よ一度下野し頭を冷やしなさいという声に耳を傾け、政権交代という民意に従い変革した。そして今の日本はその膿を吐き出している時期で、その旧態依然とした勢力と今与党は戦っているのかもしれない。僕はメディアは構造的な問題として、事実を認識してもスポンサーの不利益になるようなニュースには目をつぶらざるを得ない問題があるとこのブログで何度か指摘してきた。つまりマスメディアからの情報のみに頼らず、切り口を変えて多方面からのソースを判断材料として分析しないと事実には容易にはたどり着けないと思っている。だが、だからと言ってメディアを叩く気にもなれない。その方々だって生活があるし、出来る範囲で精一杯やっていらっしゃるであろうからだ。今回の二つのニュースに商売人の僕は目をつぶった方が良かっただろう。でもそれは短期的なものの見方で中長期的に見れば日本という国の行く末が決まるかもしれない事件については一般の有権者がイエスと思えばイエス、そんなイエスノーをはっきりと言葉として発する行為が必要だと思う。正直諸問題を抱えている斜陽の国家日本、だがそれは政治家の先生方が変えてくれる訳でも官僚の方々が改善するわけでもない。僕らの意思が国の行く末を決めていくのだ。

僕はこの業界を改革したいと新参者のくせにのたまっている。出来る筈ないと多くの方が口にせずともきっと思っていらっしゃるだろう。だが不可能と思える行為に挑んでいく姿勢が人としての生き様としては僕は間違っているとは思えない。増してや目の不具合からドロップアウトし、社会に順応できない方々を日々目のあたりにすると目をつぶって見ない振り等到底出来やしないと思うのだ。
 
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ブエナビスタがやってくれました。当面のライバルレッドデザイアをぶっちぎりG14勝目。でもこの馬はウオッカの後釜としてしっかりと日本競馬界を背負って立つくらいの期待をさせてくれる馬です。早く牝馬に敵なし状態をつくって欲しいものです。
 
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僕のプロフィールを見ると以下のように書いてある。

【体重】
80キロ強(汗、ダイエットが人生のテーマだが、ここ2.3年変化無し。)


当時は80キロ強、そしてここ最近は85キロ位をキープしている。別にお腹の肉が増えた訳でもなく、減ったようにも見えない。なのに何故体重が~!!と僕の怒りはピークに達していたのだが、ある人から

「それは筋肉が増えたからじゃない?脂肪より筋肉の方が重いから…。」

と教えていただいた。ならばよしと無理やりここ数日は自分を納得させている。実は5月から僕はメガロスというフィットネスクラブ?ジム?よく分からないがそういった体を動かす場所に週に3~4回通っている。そして今は通い始めてから10日程の時間が経過した。体重は変わらず、筋肉痛は増える一方、なのに成果がでないと焦るばかり。

簡単に言えば

じれったい

のだ。ここでお客様に業務連絡が、

もしもどんな些細な変化でも僕の体に変化があった場合には一声掛けて欲しい。

それを成果として僕は細身なマッチョ道を目指すのだ~!
 
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実は僕は日本で一番師匠の数が多い弟子ではないか?と最近思っている。接客の師匠、加工の師匠、検査の師匠、レンズの師匠、フィッティングの師匠、マーケティングの師匠、歌の師匠、僕の周りを見渡すと師匠ばかりでいつも僕は教えて下さいとお願いしたり、その師匠の技を盗もうと目を配らせている。この師弟関係は本当にありがたく思っている。

そんな師匠ばかりで未熟な僕が両眼視機能検査の普及を目指しているというのはおこがましく聞こえるだろうし、僕の先輩方からすればちゃんちゃらおかしく映ることだろう。ところがそんな僕でも最近こんな質問をよく受ける。

「滋郎さん、どこで参考書にも書いていないことを学ばれたのですか?」

と気恥ずかしくもなる質問を度々受けるようになる。確かに参考書に書いていないことが僕の検査レシピにも書いてある。それが正しいかどうかの検証を次のステップでするべきだろう。だが今は

「僕は~思う。」

と仮説をたてて言っているに過ぎない。ではその根拠やヒントはどこに落ちているのだろう。それはきっとこのブログを読んでいる皆さんの前にも落ちているし、きっとその先生はいらっしゃる。毎日ご来店下さるお客様、この方々が僕にとっての参考書であり、そして先生なのだ。検査をしているとそれこそ毎日のように

「何故?」

「どうして?」

と自問する。するとたいがいその答えは参考書には書いていない。それはお客様とのやり取り(問診)や検査に転がっている。だがそこに目を向けないと落ちていることに気づけもしないのだ。疑問が浮かぶと僕もそうだが過去の事例に合致するケースが無いか思いを巡らす、それで解決する時もあるが、同一人物でなければ、生活パターンやご年齢、そして度数、これらが過去のケースとピッタリ一致するとすれば奇跡の確立だし、実際にはありえないだろう。なのに過去の実績に基づいて検査しようとすればする程に泥沼にはまることが僕は度々ある。だからそういった時はリセットし、深呼吸をして再度見てみる、すると

「あ~そうか!」

とお客様の中に答えがあることに気付けることが多いと僕は思ったのだった。だから一番怖いの過去のケースがこうだったからこうだろう?と最初から答えを決めて検査することが一番僕は怖い、答えを決めずに検査の組み立ても全てまっさらな状態で検査した方が上手くいくケースが多いことに遅ればせながら気付いたのであった。過去の失敗を反省することだって大切な作業だろうが、僕に言わせれば、終わった過去に引きずられて「今」に集中できないことこそが怖いと思うのだ。

先生(お客様)からお金(商品代金)を頂いて勉強できるのだから、なんて楽しく、そして感謝に満ちた仕事だろう。

ありがとうございますm(__)m
 
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僕は連ドラが苦手だ、好き嫌いで言えば好きなのだが、色々な都合で見逃した時のショックが大きすぎて立ち直れなくなる。だが最近はユーチューブというものでもし見逃した場合でも見られるようになった。そして今日ご紹介するドラマはテレビをつけたら流されていた、最初はその程度で観るともなしに見ていた。

最近のドラマは、カメラワークも含めて綺麗に撮るな、まるで劇場用の映画のようだと作者には失礼だが当初はストーリーより映像に感心していた。ところが回を追うごとに僕は自身も気付かず引き込まれていくの感じた。決して突拍子もないストーリーではない。どちらかというと新聞や毎日のニュースで繰り返し流される凄惨な事件や、痛ましいエピソード、きっとそんなどこにでもある類の話ではなかろうか?

だが観る者を引き込ませる何かがこのドラマには有る。僕は二話、そして三話と観ている内に心待ちにしている自分が居ることに気付いた。それ程に登場人物に感情移入してしまい、そのドラマの続きが気になるのだ。

内容をネタばれさせるのは気が引けるので遠慮させていただくが、タイトルが全て表している。母親と子供のストーリーだ。僕にも当然両親は居るが、その父親と母親のわが子に対する愛情の表現法の差についてはいつも面白いなと思って見ている。僕の場合では、母親は自己犠牲もいとわず愛情を注ぎ込む、父親は一つ一つ小言を言うよりも自身の生き様を僕に見せること、背中で僕を育ててくれるそんあ両親に育てられた。だがそんな両親が子を思う気持ちと同様に、実は子も親を思っている。それは年齢でもなく、物心ついた頃には僕なんかは既に両親の夫婦喧嘩の仲裁をしていた。かすがいになれたのかどうかは自信はないが、家族という一つの集団の中で僕や兄もそれぞれの役割を演じていたのだろう。そんな家族の関係や血のつながり、そして産みの苦しみと、子供の成長も見守る喜び、現代日本では、そんな親子の当たり前が失われつつあり軽視されていると僕は感じる。こんな今だからこそ、もう一度家族に対する愛について考えさせられるドラマであると思ったのであった。

僕はこのブログで繰り返しお伝えしているのは家族⇒郷土⇒国家このそれぞれの愛は本来連続していた筈であった。だが近年その流れが断ち切られてしまい日本という国をいびつにしていまっている。そう僕は主張していた。恋人は愛せても地域は愛せない、それはおかしいのではないか?そう言ってきた。僕は業界をそして大仰な言い方をすれば国家を改革したいと言ってきた。このドラマはそんな改革の一環ともいえるのではないか?それ程人としての根本をついている。

番組公式サイト
 
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いらした時から左目の調子がおかしいそういい続けていらした方でした。この方とお付き合いを始めてそろそろ4年が経つでしょうか?原因が分からずに眼科に掛かることをおススメするのが今までの僕の精一杯の提案でした。斜位は水平でBI2.00Dと少なめのずれ、カバーでも殆ど動かず、輻輳も問題無いように見受けられました。こういったケースでは真っ先に上下斜位が悪戯していないか?それを僕は探ります。ですが今まで検出できませんでした。

ところがやはり辛いと言って再度ご来店いただき、検査するとついに偏光板でもフォロプターでも右アップで1.50Dのずれが見つかりました。ここで僕はずるっとずっこけます。

「あれ?左アップじゃないんかい!?」

と思ったのです。ちなみに利き目は左目です。ここでこんな仮説(あくまでも仮説です。)を立ててみます。

「上下斜位が悪戯し、右眼がそのストレスに耐え切れず遊ぶ癖がついていた。その為利き目である左目におんぶに抱っこになっていたのでは?ならば、右目のストレスを軽減させてあげれば右目をもう少し使い左目のストレス量を減らすことが出来るのでは?」

と考えたのです。昨日の記事ではアップにある半身に不具合が集中すると僕はお伝えしましたが、それはあくまでも遊び癖がなく、両目を連動して使っている状態では視標がアップに動く眼にストレスが溜まり、そして今回のようにストレスに耐え切れず遊び癖がついてしまう場合には、一人で頑張った利き目にストレスが集中する場合があるのです。これは上下斜位に限らず、輻輳力が足りずに遊んでしまう場合にも同様のことが言えます。遊んでしまい外に開く眼にはそれ程ストレスが掛からないということです。昨日の記事をご覧になって混乱するかもしれませんが、あくまでもケースバイケースであると自覚し、頭を真っ白にした状態で検査に入ることが肝心なのではないのでしょうか?

昨日お渡ししましたが、ご本人の感想は、

「右目の視力や見え方が左に近づき楽になった気がする。」

と有り難い感想をいただきました。問題は、何故何回検査してもこのずれを僕は見つけられなかったのでしょう?大きな課題ができてしまいました。もしもご存知な方がいらしたら教えていただきたいものです。ちなみに抑制の状態ではありませんでした。

このご報告がどこかのお店の

 どなたかのお役に立ちますように。

         プリズム滋郎より
 
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昨日いらした30代の男性A様(仮称)は中学の頃に右耳の聴力を失ってしまったそうです。その方の眼を見ると思わず

「なんじゃこりゃ!!」

と叫びたくなるようなずれでした。近視は裸眼で0.01と強度の近視でした、中学以来眼鏡を使わずコンタクト一本という眼にとっては辛く乱暴な扱いでした。ですがそれも長くは続きません。左目の角膜にデキモノが出来てしまった為にコンタクトの連続装用を断念せざるを得ない状態になってしまったのです。その為にグラシアスにいらっしゃいました。

そして冒頭叫んだずれとは、上下に9.00Dずれていたという上下斜位のずれに対する驚きの声でした。そしてそれが右アップ、つまり実際の眼の動きとしては右目が下がる方向に安静位がある状態でした。眼を下に向ける下転よりも上転させる筋肉の方が筋肉量が少ない、その少ないずれで上に向ける筋肉にはストレスがかかり、そして緊張し、その緊張やこりは体のあちこちにストレスとして周るのでは?と僕は仮説を立てています。もしも僕の言っていることが本当ならこの方はこの上下斜位が発生した時点(生来生まれ持ったずれかどうかは分かりません、このA様はもしかしたら上下に大きく眼がずれるような出来事があったかもしれないからです。例えば事故等強く頭をうった等です。)で相当のストレスを抱えていると言い切ってもよいでしょう。

何が言いたいかというとこの斜位によるストレスを軽減させる対策を練っていればもしかしたらこの方の右耳の聴力は失わずにすんだのかな?と思うということです。こういった事例を見る度に、僕は焦り、そして自身の力の無さを嘆き、この斜位を放置している医療行政に対し怒りを覚えるのです。

先日いただいたコメントにもありました。消費者が知っておくだけでも良いのです。何か最近おかしいな?そう感じたら当然病院にも行くでしょう。ですが眼鏡屋が何とか改善のお力になれる場合があるということを知っているだけでも充分なのです。

基本的に視標がアップにずれる眼は実際には下にずれます。眼が下にずれる半身に体の不具合が集中する場合が多いのです。肩こりが右に集中する。右の視力が出にくい、右耳の聴力が弱い、右顎に痛みがはしる。右目が痙攣する。右瞼が下に下がり大きく開かなくなる。これが一部に過ぎませんが一つのサインでしょう。眼と関係あるかないかは、僕は勿論お医者様にも分かりません、未だに未知の分野と言って差し支えないでしょう。ですが誰にも分からない領域の話な筈なのにグラシアスにくる多くのお客様が口にします。

「この頭痛は眼と関係ないと思うけど…。」

「この肩こりは眼ではなく、腰に原因があるとお医者様に言われました。」

確かにそうかもしれません。ですがその言葉を言われた方のうち少なからず眼にも根(原因)がある場合があったのです。増してや素人が勝手に眼が原因ではないと判断するのは危険であるとしかいいようがありません。

一日100人程度の方しかご覧になれていない矮小なブログです。でもいつか僕の愛読しているきっこの日記のように沢山の方がご覧になってくれるブログに育つことを夢見ています。そしてそれは僕が諦めない限りきっと不可能ではないのでしょう。もしも共感していただける方がいらっしゃるのなら、リンクはどうぞ貼っていただくのはウエルカムですのでどうぞ遠慮なく、ただし勝手だと承知していますが僕のブログにはリンクを貼らないようにしています。誰かの側につくことで誰かの敵になる。立場を決めずにフリーでいるから好きに話せるのだと思うからです。
 
09
 
名牝、エアグルーヴとキングカメハメハという何とも豪華な組み合わせでデビュー前には三冠馬誕生か?と噂になった評判馬、ルーラーシップ。所が皐月賞にも出られずに、今度はダービーの出走権を狙ってプリンシバルSに出走した。この時点でダービー勝ち負けの対象から僕の中では外れるが、それでも粒揃いの重賞勝ち馬が出揃い、素晴らしいレースになるのは競馬ファン(馬券は買いません、何故なら当たらないからです。)にとっては何とも言えない醍醐味となる。前走4馬身ちぎったあのルーラーシップが二桁着順か!?今年のダービーはレベルが高かったね。

と僕は納得するのです。

ローズキングダムはここ二戦凡走しました。東京競馬場に変わって劇的な変化を魅せてくれるでしょうか?半信半疑ですね。

やはり一番人気はヴィクトワールピサになるのでしょう。それにペルーサや、このルーラーシップが絡み、ゴール前の混戦を演出してくれることを願います。

あ!影郎さんの新色とic!berlinの新作が入荷しました。(う~ん、順番が逆か?)
 
07
 
20代の方にはピンとこないかもしれないが僕らがいつも仲間でたむろしていいた若かりし頃、T-BORANと言えば飛ぶ鳥を落とす勢いでヒットチューンを連発させていた。ボーカルの森友嵐士さんの独特な歌いまわしを僕らはこぞって真似をした。だがその人気の絶頂で突如、開散、そして引退と身を引いた。僕はその事情は分からない物凄く残念に思ったのを覚えている。芸能音痴な僕はまさかこんな事情だとは知らなかった。



突然のサプライズにも関わらず颯爽とステージに立つ森友さん。曲を売る為の演出と分かっていながらも本物の感動はいとも容易く僕らの心を震わせる。早速ダウンロードしてしまった。今度のカラオケで歌えるかな?

森友さん、おめでとうございます。おじいちゃんになっても格好良いロッカーでいてくださいm(__)m
 
06
 
表題を見て当たり前だろう!と憤る方もいらっしゃるかもしれない。でも僕は屈折異常を必ずしも否定的に捉える必要は近視の場合は無いと思っている。元来人の眼は遠くの対象をどれだけ正確に捉えられるかという構造になっており、例えば、形、色、大きさ、移動していればスピードこれらを把握出来るかで充分に機能しストレスの負荷も大きくなかった。だが僕も使っているが現代社会におけるPCのストレス、いや本格的に家庭にまで普及したという意味では平成に入ってからだろうか?この急速な仕事場や家庭における環境の変化、これが眼にとって大きな負担であり、ストレスになっている、とこのブログでは再三再四指摘している。そして近視の方が度が進んだと言ってご来店いただくと僕は必ず確認する。それは環境に適応しているのかもしれませんよ。言い換えれば眼からの悲鳴のサインとしても受け取れます。ですからここでお客様としては選択肢があるのです。遠くが見えないのは困るから更に度を強くして矯正する。この場合にはせっかく楽に手元が見えるように適応した眼を再度遠方用に眼鏡で再矯正することを意味している。つまり以前に比較しまた眼の仕事量が増えることを意味している。そしてまた度が進むということを繰り返すのだ。ならば使い分けという選択肢だってあるのではないか?と言いたいのだ。

現在、近視の度が進むメカニズムに関して決定的な見解はでていない。少なくとも僕は知らない。だがグラシアスのたかが5年間の実績で言うならば、傾向として、遠用と近用の度数の使い分けをしている方の方が近視が進まず安定している傾向にある。これは間違いない無いと思う。一方、何をしても度が進み続ける方もいる。この現象を僕は食い止める術を知らない。でも使い分けの効果のある方も間違いなく居る。また近視があったお陰で助かっていた人も確実に居ると僕は思うのだ。

この今まで説明してきた経緯を踏まえれば、近視は悪で、レーシックでもコンタクトでも、そして眼鏡でも遠用視力で1.2が当たり前、こういった風潮が僕はおかしいと思っている。1.2まで視力が欲しいという方の一日の生活パターンをお聞きすると1日10h以上PCと向かい合っているという方も少なくない、では実際に1.2見えないと困るというシーンは一体どの程度あるのだろうか?だからご自身の1日の眼に課する仕事の棚卸しをしてみると良いと僕は提唱している。やってみると意外と視力なんて0.8程度でも大丈夫、皆さんが思っているよりも意外とそういった方が多いのではないかと僕は思っている。どうしても会議等で頻繁にプロジェクター等で遠用視力が必要、でも1日1h程度だ。こういった方には会議用の眼鏡を作ればよいだけだ。そのご予算が厳しいという方には、その効果によるプラスの効果をコストとして計算してみればよいのだ。1hPCを見つづけるだけで疲労感を感じる方だってきっと居るだろう。疲労感を感じれば当然集中力だって落ちる。そんな状態でだらだらとやるよりは少しでも長く集中して仕事が出来る環境整備に例え5万掛けたとしてもご自身の給料を時給で出して計算してみれば良い。きっとタダみたいに感じるだろう。

いやらしいけど計算してみよう。

一式5万円の眼鏡

時給1.000円の方が

一日1hで疲労していた状態から

一日2hまで疲労感なく働けたとしたら?

一日1h分利益をだしたとしよう。

すると

50000円÷1000=50h

約2ヶ月で元がとれる。

これが高いのだろうか?僕はこの眼鏡を修理しながらでも10年は使ってくれと、眼鏡の取り扱いをフィッティング時やお渡し時に説明する。自分の眼だと思って可愛がって欲しいのだ。

これもお店ではよくいう台詞だが、

「自分の眼を可愛がれるのは自分だけ。」

これが僕の思いで、眼からストレスを受けて体に変調をきたしているかどうかの判断はご自身でも至難の業で、増してや他人には相手の眼のストレスなんて例え親子でも分かる筈も無いのだ。そして多くのお医者様は斜位の危険性やPC作業の過酷さ、そして潜伏した遠視のリスク等に殆ど興味が無いと言っても差し支えない。何故ならその方面に力を入れてもお医者様は事業としては成立しにくいと考えるからだ。診療点数の配分を根本から見直す必要があるという話は何度かこのブログでも紹介させていただいた。

もしもその医療費が増えることを避けたいという国の懐事情なら、眼鏡屋が国家資格化したうえで眼科とタッグを組み国民の視生活をケアすればよいと提案している。いずれその是非が問われる日が来るだろう。だが現状その判断ができる程、国民にプラスとマイナスの効果が告知されていない。だから僕は影響力の無い小さなブログかもしれないが一人でわめいている。
 
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安物買いの銭失い、安い物は品質は粗悪であり、すぐに壊れたり傷んだりする。結果としては良い物を買った方が長持ちし節約できるという誰もが知っているお話であろう。ところが近年その法則が一部の業界では壊れている。ユニクロの例を挙げるまでもなく衣料品や食品、こんなものは以前に比較すれば品質は数段向上した。そしてそれに続けと言わんばかりに激安商品や激安ショップが商店街に連なり、ファストファッションブームの勢いは百貨店にも国内外の安価な価格設定の衣料品ブランドが出店するにいたった。僕もこの恩恵にあずかり、そして近年の激安品のクオリティーの高さには思わず唸らされる。

ところが、ところがだ。眼鏡業界でもこの価格破壊的な店舗は数多くあるが、そこに並んでいる品を見ても以前に比較しよくなったな、と思えない。いつもとんでもない発想やアイデアのブランドばかり見ているからだろうか?いや違う。例えば○○プライスショップでも大手ではイタリアのマツケリー社製の生地を特注で頼んでいたりする。その生地そのものは素晴らしいものだってある。少し考えてみたら気付いた。どんなに素晴らしい品だって、眼鏡は店頭に並んでいるうちは半製品、検査、加工し、フィッティングして初めて機能する商材だということだ。どんなに素晴らしい生地を使ってもフレームの設計、構造そのものは既存のものの焼き直しにすぎない。

先日ご紹介した、

Y-WOOD



デザインマルクスの新作達、

これらは僕等を仰天させるような仕掛けがあり、その発想に僕は敬意を抱く。眼鏡に関しては道具として機能させようとすれば最低限必要な単価はあり、とっくにその下限は超えたところで今量販チェーン店同士は戦っている。もしもユニクロのような商売が実現するとすればきっと日本のGDPが今の10分の1まで下がるような劇的な構造転換が必要になる。何故なら安価な人件費で作成した衣料品が安く販売できるならそれは海外の人件費が日本より数段低いからだ。そしてその安い人件費で運営されてできるのは完成品で、あとは包めばお客様の手に渡る。

ここは繰り返しになるが、例え中国で作られた眼鏡フレームの原価が10分の1だとしてもそれを製品化させる為に手間を掛けるのは日本国内になる。しかも本当に良い物を作ろうと思えば熟練の技すら必要になる。つまり人を育てるのに途方も無い時間がかかるという訳だ。

ここを誰より消費者が理解しなくては、損をするのは消費者自身で僕はそのパパッと仕上げた眼鏡がシェアを8割もとっている現状は国益さえ損ねていると叫んでいる。どうか僕の焦りのほんの一部でもよいので届けと願い、このブログを書いている。

良い物をを長く使う、良い物には作り手の想いが籠められている。そして一つの眼鏡を愛着を持って何年も使う。このスタイルこそが時代を反映しており、ファストファッションなんてものは一過性に過ぎず、所詮流行り、そして廃るに違いないと僕は思うのだ。
 
03
 
高まる法人税引き下げ論 もっと賢い改革に知恵絞れ

(一部抜粋はじめ)地方税を含めた日本の法人税実効税率は約40%である。米国(州によって異なる)並みとはいえ、数次の引き下げを行った欧州勢(仏33%、独30%、英28%)に比べて10%前後高い。ちなみに中国は25%と低いが、不透明な“税外税”が存在するから比較対象にはならない。ただ、日本に引き下げ余地があるのは確かだ。(抜粋終わり。)

今企業は、国内の競合他社と競っていれる現状ではない。日本よりも人件費が安く優秀な人材が揃った国がアジアには中国に留まらず数カ国ある。レンズで言えばHOYAはタイの工場にメインの生産拠点を移し、価格競争力を付けた。この産業の空洞化を防ぐ為にも法人税を下げるという手段は選択肢の一つと勿論なりうる。だが僕はこの決断に否定的だ。僕は一応会社を有限会社という形態にしているし、法人税も利益を出せば支払っている。実際にこの五年間、その費用を捻出するのには相当苦労した。だがサラリーマン時代に比べて今の方が厳しい懐事情かというと意外とそうでもなく、大差ないという程度だろうか?携帯電話だって会社の経費と落とせるし、軽自動車だが社有車だってある。これを雇われている時に社長に経費で落としてくれと言ったらきっと常識を疑われるだろう。

では僕のような零細ではなく大企業はどうなのだろう?ほんの数年前までは大企業の内部留保額は史上最高額を記録するという記事が各紙面を飾っていた。これを見ても分かるように戦後最長の好景気と謳われた時期だって社員の可処分所得はじわじわと下がり、そしてこの不景気で家計にとどめをさされた。会社経営というのは様々なリスクを伴う、当然余裕のあるキャッシュフローを経営者は心がけるに違いない。だが、そのさじ加減の判断を間違えればあっという間に会社だけで無く社員の余裕まで剥ぎ取る。

何を言いたいかというと、僕は会社が生き残る為に法人税の安い国に拠点を移すという行為に国に対する愛を感じないといっている。機関投資家に与える配当を重視してい従業員の給料のベースアップをしぶる行為にも愛を感じない。このブログでは再三再四申し上げているが愛国心を自然と持てる国作りが政策として必要だと僕は言っている。だが愛国教育を受けていない戦後生まれの僕達には突然お国の為にと言われてもピンと来ない。だからまずは家族を自然と愛せる国へ、そしてその尊さを誰もが口に出来る国作りが必要だと思っている。

そして

家族愛は

郷土愛へ

更に

愛国心へと

このように一人の人を思う気持ちがいずれ国を愛し、そして世界を愛せるようになる。こうこのブログでは説明してきた。僕は法人税を支払う側だが、特に減税の必要性を感じていない。それよりももっと困った方々に使っていただきたいし借金を少しでも減らすような施策が必要だと思うのだがいかがだろうか?この理屈から言えば消費税の増税の前提として法人税の減税があるのなら、法人税の減税不要であれば消費税増税の必要すらなくなるだろう。また一律課税するよりも生活必需品と贅沢品は分けて課税すべきだとも思う。お金の使い道に困るような富裕層は遠慮なく贅沢な品をご購入いただければいい、そしてその消費は決して無駄ではないと思うのだ。

政治家の方がどなたかこのブログ見ていただけるのだろうか?僕は税金は喜んで支払うといっている。そして減税は不要だとも言っている。くれくれと無い物ねだりばかりが日本の国民性だと思われたくない。何故なら僕は日本という国を愛しているからだ。
 
02
 
売上はいつもどおりなんだが、最近何かと仕事に追われている。でもこれって幸せね、と思う。5年前、開業したての時は、今日も売上ゼロかな?と怯えていた。その当時を思いかえすと、その当時と今では雲泥の差がある。何故か今でも手元にキャッシュは残らないが、それでもお客様が嬉しそうにフレーム選びをしてくださるその様を見ているとそれだけで仕入れて良かったな~、と思える。今日も朝からお客様がいらした。グラシアスにしては珍しい21歳というご年齢、学生さんだがウェブを見てご興味を持っていただけたようだ。従来お使いの眼鏡を拝見すると少し左右のバランスがずれていたのでその微調整をして一式作って差し上げた。そしてその時に言われたのは

「うん、これだけしっかり検査していただくとこの眼鏡に愛着が出てきました。10年でも使おうという気になってきました。」

と僕の検査がしっかりしているかどうかはともかく、何とも嬉しいお言葉を頂戴した。吉祥寺では2.980円で一式作れるお店があるのにグラシアスで今日作られた眼鏡は税込みで3万円をオーバーした。約10倍だ。人によってこだわりや価値感が違うのは当たり前、でもこの10倍お支払いいただいたことに感謝は尽きないし、何とかご満足いただきたいと心から願う。

もしも僕が目指す眼鏡士の国家資格化、それが実現出来てもきっと量販店や激安店と云う業態は残るだろう。僕の言うとおりの国家資格化が具現化すればとことわりはつくが、その制度ではでは国家資格者以外は度数を決定できなくする。以前に少し議論させていただいた岡本先生の時に勉強させていただいた国家資格について、僕は

業務独占、

先生は

名称独占

というスタンスだった。

どちらがいいのかは消費者が判断すればよい。あくまでも僕が主張しているに過ぎない。実際に過去にもそうやって取り組まれた方はいらしたそうだ、だが実現できなかった。だがそんなの無理だと僕は最初から諦めたくない。何とか夢に向かって取り組みたいと願っているだけなのだ。

その僕のいう業務独占資格になれば、こういったケースも出てくるだろう。

量販店でフレームを買い、そして度数決定を国家資格者が、そして枠入れとフィッティングをフレームを販売したお店がする、それとも度数決定したお店がするのか?どうやって作業を分担するかを議論するべきだと思う。一つ説明させていただくと他店で購入されたフレームのレンズ加工とフィッティングにはリスクがある。例えばA店で購入されたフレームをB店で検査し、枠入れしフィッティングしたとする。この作業時に枠に傷が付いたり、または調整中にポキッと折れたりすることも何本かに数本は必ずあるだろう。このリスクをフレームを販売していないB店はきっと嫌がるだろうし僕もやはり怖い。だが品揃えとして全てのブランドを網羅するなんてことは不可能とは言わないが、商売として成立させるのは至難の技だろう。例えば年間取引条件と言って最低でも年間に○○本は売ってくれと初回取引時に契約を迫るブランドもある。だがブランド数が増えれば増える程にその取引条件をクリアーするのは困難になっていく。すると取り扱いブランドは絞って商売した方がお店も、そのブランドのメーカーにとっても都合も効率も良い。

だが僕のお店はその間逆のアプローチをしている。大して売上も無いのにブランド数だけはやたらに有る。本当に各メーカーにはご迷惑をお掛けしていると思う。でも迷惑を掛けているだけなのなら僕はこんなことはしない。実はその珠玉のブランドの中から選べるユーザーは満足している。このブランド数を身の丈以上に揃えることが正しいのかは僕も分からないし迷っている。でもお客様の嬉しそうなフレーム選びを見るといつい、といつもの病気が顔をだすのだ。

とりとめもなく、だらだらと書いちゃったGWのプリズム滋郎だった。
 
01
 
木のフレームはグラシアスにも何本か在庫はある。どれも素晴らしい逸品だと思って仕入れたが、今度のYも凄かった。その説明に入る前に、素材としての木と眼鏡の機能との相性といくくり木材に詳しくも無い僕だが雑感を綴ってみたい。

木は素材によってまちまちなのだが、眼鏡に使われている多くの素材は比重が軽い、これが軽快な装用感を僕らに与えてくれる。そして木に限らず天然素材の品は、皮製の財布を例にだせば分かり易いとは思うが、くたびれていく過程を楽しめるという特性がある。チタンだろうとステンだろうと基本的にはメッキを施せば、そのメッキ剥げで商品の初期の輝きはゆっくりと消えていく。ところが木や皮という天然素材は使えば使う程に味わい深く変化していくのだ。流行の雑誌の謳い文句を借用すれば「エイジング」を楽しめるということだ。ここが何より僕は素材としての存在意義だと思う。

一方掛け心地とい機能にフォーカスすると実は木という素材を掛け心地よく掛けさせる為に各メーカーは腐心している。それはしなりという要素を満たす為に肉厚を削れば、力が一気に加わってしまってはポキッと折れる。そのためしなりには目をつぶりある程度の肉厚を確保し作成する。またしならないならば蝶番でしならせようとバネ蝶番にしたりする。だがこれでも完璧ではない。耳の部分の調整を既存の木製のフレームは全くと言っても良い程に調整できなかった。耳の位置が前に有ろうと後ろにあろうと曲げて有る部分は一箇所だ。これではしっかり掛からない場合も当然あるし、場合によっては耳周辺が痛くなることもあるだろう。

(ここから本題、今までは前振り。)

だがY-WOODは違う。しなりは出せないがゴムでバネ性を持たせた、更にその例の曲げ位置を可変できるような仕組みにした。これが素晴らしい。もう一回言うけど素晴らしい。

ヨーロッパにマルクスという眼鏡の仕組み作りの天才が居ると僕は思っていたが

どっこい東洋の島国にも物凄い天才が居た。

それが

コンセプトYの兵井氏だ。

味わい深い、ノスタルジックな佇まいはそのままに、使い込む楽しさに加えて掛け心地の調整という機能まで兼ね備えた素晴らしい品だ。価格はそれなりだが僕はこれを高いとは思えない。兵井氏のアイデアに脱毛だ。し、失敬、脱帽だm(__)m

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