次論公論

 
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少々長いがそのまま載せた。田原氏の言葉が間違って伝わるのも恐ろしいかと思ったからだ。

(転載開始)

◆田原総一朗:「脱原発」を唱えるだけの風潮は危ない
 2012/01/19 nikkei BPnet〈日経BPネット〉

 2011年3月11日の東日本大震災と津波で起きた東京電力福島第一原子力発電所事故は深刻な事態になっている。科学技術の進歩や近代化に対して大きな疑問を投げかけた事故とも言える。

 「原発はとんでもない代物だ」と報道するメディアの姿勢は一種のファッションのようだが、果たしてそれでいいのだろうか。

○「脱原発」と言っても、原発問題は片付かない

 週刊誌の編集者によると、最近は「原発特集をすると部数が落ちる」という。それは原発批判がファッションになり、編集者が原発批判さえしていればよいという誌面づくりに甘えてきたせいではないか。

 多くの週刊誌は、「原発事故はこんなに深刻だ」「放射能はこんなに怖い」と書き、これでもかとばかりに原発の特集や記事を連発してきた。読者、国民が求めているのは「では、どうしたらいいのか」という対策なのに、それに取り組む企画はほとんどない。今でも、原発・放射能の危険性をあおる記事ばかりが目立つ。

 私は最近、『日本人は原発とどうつきあうべきか 新・原子力戦争』(PHP研究所)を出版した。この本では「脱原発と唱えるだけでは無責任だ」ということを書いた。

 「脱原発」とさえ言えば、それで問題は片付くと思われている節がある。しかし、「脱原発」と言っても、原発問題は少しも解決できないのだ。


○使用済み核燃料の再処理問題などはどうするのか

 日本には54基の原子炉があるが、すべての原発で使用済み核燃料が大量に一時貯蔵されている。使用済み核燃料は、いわば放射能の塊である。これをどうするのか。その問題はまったく片付いていない。

 使用済み核燃料にはまだ使えるウランやプルトニウムが残っているため、再処理工場で再び燃料として取り出せば使用できる。この再処理を行うまでの間、安全に貯蔵しておく施設を中間貯蔵施設と呼び、青森県・六ヶ所村に建設を進めている。

 再処理を行って燃料として使えるウランやプルトニウムを回収した後には、高い放射性レベルの廃液が残る。これにガラスを混ぜて固め、ステンレス容器で密閉して厳重に管理する。このガラス固化体を作る技術を国産化しようとしているが、まだ完全には確立されていない。

 また、仮にガラス固化体の技術が確立されても、それを封入したスチール容器をどこへ処分するのか。30~50年かけて冷却した後、300メートル以上の地下に最終処分するとしているが、その処分場所は見当がついていない。


○日本が目指した「核燃料サイクル」と「夢の原子炉」

 そもそも原子力発電が盛んになったのは1973年以降のことだ。きっかけは73年に起きたオイルショックだ。当時日本のエネルギーの中心は石油だったが、オイルショックで原油価格が急騰し、そのうえ産油国である中東の国々がイスラエルの味方をしている国には原油を売らないと言ったためだ。

 原油を100%外国に頼っている日本はその輸入を止められたらどうにもならない。そこで原子力発電を増やしていくことにしたのである。原子力発電の燃料であるウランも輸入だが、ウランは長く保管できるので輸入に伴うリスクは原油に比べて少ない。

 石油の埋蔵量が50年と言われるように、ウランの埋蔵量も80~90年とされる。ウランもやがてはなくなるのだ。それなのに、なぜ日本は原子力発電にシフトしたか。

 その理由は、「核燃料サイクル」と「高速増殖炉」の開発にある。経済産業省(旧通産省)や東京電力はじめ電力会社は、これらを実現して原子力発電を日本のエネルギー政策の中心にしていこうと考えた。

 高速増殖炉では、高速の中性子をプルトニウムにぶつけて核分裂を起こし、そこから生じた中性子をプルトニウムとウランにそれぞれぶつける。すると、ウランはプルトニウムに生まれ変わり、プルトニウムが「増殖」して連鎖反応を起こす仕組みになっている。プルトニウムは減らずに増えるのだから、高速増殖炉はまさに「夢の原子炉」と呼ばれた。日本は国家プロジェクトとして高速増殖炉「もんじゅ」の開発を始めた。


○高速増殖炉がダメならプルサーマル方式

 ところが、もんじゅの開発には問題が山積していた。もんじゅは1995年に冷却材として使用しているナトリウム漏えいによる火災事故を起こし、その後も炉内中継装置落下事故などにより稼動できない状態が今も続いている。

 学者の間では「もんじゅはダメだろう」という声が強まり、2012年度の政府予算案ではもんじゅの予算が削減された。

 しかしその一方で、経産省や細野豪志原発事故担当大臣は、「高速増殖炉はやはり研究開発を続けなくてはならないだろう」と言っている。もんじゅはダメだが、別の高速増殖炉の開発は必要だというのである。

 ただ高速増殖炉が難しければ、ブルサーマル方式を推進したいと経産省や東電は考えている。プルサーマルとは、ウランとプルトニウムによる混合酸化物燃料(MOX燃料)を利用するものだ。つまり、再処理したプルトニウムを通常の原子炉でもう一度燃料として使う方式で、高速増殖炉が実現できなくても、その代わりを一部果たすことができるというわけだ。

 結局、問題は何かというと、高速増殖炉が今後実用化されるかどうかだ。それによって原子力発電の将来は大きく変わってくる。


○今夏までに見直すエネルギー政策の行方は?

 「脱原発」になれば、高速増殖炉も核燃料サイクルも放り出されてしまい、使用済み核燃料の最終処分も未解決のままになってしまう恐れがある。

 脱原発派は高速増殖炉を否定するが、しかし科学技術というものは「夢」がないと進歩しない。経済学者のシュンペーターが言うように、イノベーション(革新)がなければ経済は発展しない。脱原発の一番の問題は、「夢」を全部消してしまうことだ。

 政府・民主党は今夏までにエネルギー政策の見直しを行う。枝野幸男経産大臣、細野豪志原発担当大臣、古川元久国家戦略担当大臣、仙谷由人政調会長代行が中心となって作業を進める。

 そこで検討されているシナリオはこうだ。10年後の日本のエネルギー構成は、天然ガスを中心とした化石燃料40%、原子力20%、自然エネルギー20%、そして省エネ技術で20%をカバーとする――。

 去年の夏に電力使用制限令にもとづいて行われた節電が東電管内で18%だったが、それを上回る20%の節電を省エネ技術によって全国的に実現させるという。そして自然エネルギーについては、現在の10%(そのうち水力が大部分を占める)から20%にするため、太陽光と風力、地熱のいずれも現在の10数倍に高めなければならないのである。


○脱原発の「イズム」の段階はもう終った

 こうした難しい現実を前にして、「原発は危ない」とばかり繰り返しているのは一種のファッションに過ぎない。今もっとも考えるべき問題は「今後のエネルギーをどうするか」である。

 新聞も雑誌も「脱原発というファッション」から一歩も踏み出さずにいる。これでは、読者は記事を読むはずがない。

 脱原発は一種の「イズム」である。だが、その段階は終わった。現実にどう対応していくのか。それをまともに考えなくてはならない。

 今の日本では、現実にどうするかを考えることがタブー視される。原発について現実的に考えると、「原発推進派」と言われ、「政府に癒着した考えだ」とされる空気がある。

 しかし、それは違う。原発が抱える現実の問題を今こそ考えるときである。

(転載終了)

別に田原氏に限らず原発推進派の方々は経団連を筆頭にたくさんいらっしゃる。別に原発を今後も推進すると主張する事そのものが異端扱いという訳では決してない。

だが僕のブログでのアンケートでは

反対 54票
仕方がない 16票
分からない 1票
賛成 6票
どちらでもない 5票
(平成24年1月27日現在)

と仕方がないを賛成に加えたとしても反対の方々が多数派の様だ。経団連を中心に原発による安定的な電力供給が日本の成長戦略に必要だという考えは、成長そのものが日本の国益であるという前提にのっとり、もしもその前提が崩れてしまっては成長そのものが不要になると僕は思っている。実際に僕はこれからの世界は規模を追い求めスケールメリットを活かすビジネスモデルが理想像になるのではなく、成長はするがそれは「質」を追求する社会に成熟社会の日本ではなるだろうと予測している。また規模を追い求め、生産拠点を安価な人件費が供給される途上国に転々と移し、競争力を付けるという企業としての戦略は流行廃りの商売でいずれアフリカにまで資本が行き渡れば行き詰ると僕は見ている。

規模を追うな!地球からの悲鳴や怒りの声が聞こえないのかい?

とも思う。

規模の成長を追い求め、いずれ火星がテラフォーミング出来るというのなら地球人としての政策だって変化する。その研究はやっておいて損はないだろう。だが当面人類は限られたこの地球という箱庭で暮らす事を強いられている。そして早晩人類は100億を超えていく。今とは生活の構造や時間の流れ、環境に対する影響をより深く考えて暮らしていく必要があると僕は思っている。そして日本は先日の読売の一面を飾った4年以内にM7前後の地震が発生する確立が70%と地震が頻発するサイクルに入っている。今思えば17年前の阪神大震災だってそのサイクルの入り口なのかもしれない。それを理解していれば現状は一刻の猶予も許さない、全てを変革する為に政治が決断する必要がある。

だが現在のねじれ国会では消費総勢を5%から10%にする事すら決められない。GDP比で200%の借金を抱えている日本政府の財政を立て直すにはとてもじゃないがこの程度の増税では改善出来ないし野田総理はこの5%の増税額を借金の返済に使うのではなく社会保障に使うと明言した。つまりこのままでは日本政府は破綻するという事がほぼ確定している。そこに世界恐慌の荒波が押し寄せる。それは破綻を後押しする力になる事は誰の目にも見えているだろう。

その為には一時的な時限立法であろうと借金を返せるコンパクトな政府に作り変える必要がある。本ブログでは何度も提言しているが本当に今の日本で衆参両院必要だろうか?こんな危機的な状態で何も決められない政府が機能していると言えるのだろうか?ここを考えなくてはいけない。僕は直接選挙による大統領制にし、権限を集中させた上で一時的に参議院を廃止する。行政の無駄も勿論カットする。天下り、渡りの根絶は民主党もマニュフェストに堂々と掲げられていた。そこまでやって初めて増税の議論になると僕は思うのだ。

それらを一切すっとばし不退転の覚悟で増税を決行すると言っている総理を誰が支持するのだろうか?

結局官僚のサボタージュに恐れをなしている。もしくはメディア対策。これも官僚の常套手段なのでそこも注意が必要かもしれない。だが実行力のある人でも改革出来ない制度疲労を日本が起こしていると考えるできだと僕は感じる。

本題に戻ろう、僕は本ブログで開設当時から少し時間の流れをゆっくりにしよう。少し前の時代の生き方を見習おうと、それをルネッサンスだと言ってきた。今の生活は残念ながら実体経済をベースにしてはおらず金融工学とやらを駆使したバブルである。だからゆっくり萎み、実需に則った経済活動をしようよと言ってきた。

何故か?

その方が豊かだと思うからだ。

投資家の期待に応え、配当や株価の対策に追われる毎日より、常に顧客と取引先と、そして従業員の満足気な顔を見ながら働く方が余程人として真っ当だと言っている。

今日の新聞では

NECが一万人の雇用カットを表明した。バブルは必ず弾け、そしてバブルに乗っかるから不要な雇用が無理やり創出されるのだ。別にNECに限らず大手製造業のメーカーたちは大幅なコストカットを強いられている。経営者も何とか雇用は維持したい。だがその為には日本ではやってられない。それならそれも仕方がないだろう。

だが

日本に残り雇用を創出する事は立派な社会貢献である。国外に出る企業を売国奴とは言わないが、企業の存続をかけて海外に出るのであればそれは社会貢献の機会を失う事を意味している。それでも商品を出し続ける事が期待してくれている顧客に対するサービスだからだと考えるのなら、それに僕も理解は示す。だからその場合には遠慮なく日本から出ていけばいい。

だが日本を支えているのは実はそこではない。GDP比で70%から85%(引っ張り出す資料により異なる。)が内需が占めている。つまり安定した仕事があり、安定した収入がある事が立派な国益で日本の内需だけでもしっかり維持出来れば大概の企業は維持できる筈なのだ。

だからこそ僕らは内需を支える国民の幸せを真剣に考える必要がある。

豊かってなんなんだ。

これの問いに皆さんは何と答えるのだろう?

金が使いきれない程に有り余っている状態を豊かといえるのだろうか?少なくとも僕は金は生活に困らない程度で充分だ。お金が有ればやりたい事は仕事上でも沢山ある。いずれお金が出来たら展開したい事業はそれこそいくらでもある。だがそれが出来たからといって僕は豊かだと思わない。どちらかというと僕はそれはチャレンジする修行の様な物で試練と捉える。その先に甘い汁が有るとも思わない。その苦難を乗り越えた時にご褒美が待っていると思うだけだ。

では豊かさってなんだ?

一例に過ぎないが、

他人の幸せを見てほんわかとした気持ちになる。

これも立派な豊かさだと僕は思う。

この世知辛い世の中では多くの人が

人の不幸は蜜の味。

と感じている事が多いと感じるからだ。気持ちに余裕が無いと人の不幸を見てそのマイナス分自分にプラスの幸せが舞い込んでくると勘違いをしている。本質は人の不幸はめぐり巡って自分に返ってくる。更に言えば、人の不幸を見たその瞬間の人の思いの環境が自分の人生を行く先を決めていると「僕は」感じている。

若い人にはピンとこないかもしれなけど、僕が子供の頃の日本はこんなじゃなかったんだよ。他人の不幸は蜜の味というのを恥ずべき思いだと大人達は言っていた。これは綺麗ごとかもしれない。でも綺麗ごとを言わなくなったから日本はおかしくなっとも言えると僕は思う。

子育てだって地域全体で他所の子を我が子の様にしかりつけた。それは勿論その子の将来を思っての行為だ。ほんのちょっと前に戻ればいい。その為に、日本人が豊かな暮らしを取り戻す為には本当は必要なのは鎖国じゃないかと僕は思う。ただそれをさせない宗主国アメリカの意向があるんだ。その為には僕らは平和的な手法で独立する。まずそこが必要なのかもしれない。

ホルムズ海峡封鎖の例を出すまでもなく、資源という外交カードを他国に握られている現状が僕らの自由な選択を奪っている。金が僕らの行動を縛り付ける事さえあるんだね。だからかどうかは知らないが渡辺謙さんはダボス会議で再生可能エネルギーに方向転換する必要性を訴えた。何の影響力も無いかもしれないが一眼鏡屋の僕はそれに賛同する。

どうかどんなご縁か知らないがこんな訳の分からないブログに来た皆さんにはもう一度

豊かな暮らしって何?

って考えて頂きたい。ほんの少しの時間でもいいので考えてくれれば幸せだ。

最後に何度も使われているあいだみつおさんのフレーズで〆たい。

奪い合えば足らぬ 分け合えば余る。(相田みつお)

僕の育った一昔の日本は貧しかったけど分け合っていたよ…。

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